じーのさいらい

2017.09.20 18:32|雑記
昨夜は殆ど寝ていない。そのせいで今日の昼間は全滅である。これからせめてフランス語だけでもしなくては、と思いながら、今これを書いている。

不眠の原因はじーである。

昨晩11時、わたしはフランス語の勉強を終えて、コーヒーのポットとカップを洗おうとキッチンに立った。
換気扇の近くに小さな黒い影がいた。
じーだ。大きさから見てちゃばねの少年であろう。
悲鳴を上げながら換気扇をつけた。
(近所迷惑だなあ)
止めてあった換気扇の隙間から入り込んだのだ。これ以上の侵入を許してはならない。その日の夕食に使った玉ねぎの匂いがまだほのかにキッチンにこもっていた。これに引き寄せられて来たに違いない。
じーは換気扇へと向かい、通り抜けが無理だとわかると、さっと縁の裏側に身を隠した。さすがの素早さである。しかしこちらには最終兵器ゴイスがある。わたしは数歩とって返して『ゴキブリがいなくなるスプレー』を手に取り、容赦ない攻撃を浴びせた。まだ子供のじーであったせいか、敵は即死であった。
その小さな死骸は、キッチンの隙間に落ちていったきゃああああああああああああああ

取れない
死骸の片付けができない…

それからわたしは朝までじーの影に怯え、今日は眠気とじーの恐怖に苦しみながら昼間を過ごした。
あのじーが実はメスで卵を抱いていたら?
他のじーも侵入していたら?
あれこれ考えてしまい、キッチンで水を汲むのも一苦労である。

もちろん今のキッチンには大量のブラックキャップが設置されている。じーも歩けばキャップに当たる状態である。しかし、わたしの心に巣食ったじーは消えないのだ。

実は昨日は昼間、キッチンでハサミムシにも遭遇している。最初はじーかと思ったのだけど、細長くてちょっと体が曲がっていて、お尻に突起がついていた。そして、じーよりも逃げるのが下手で、いつまでも壁をウロウロしていた。結局洗剤で退治した。でもハサミムシはじーを捕食するそうなので、共存しても良かったかも、と、今ちょっと後悔している。




さいごに変なこと書いていいですか。

わたし、人を好きになるとやたらあれこれ心配して不安になるって癖があったのですが、今はそのエネルギーが全部じーに向いちゃってる感じなのです。
つまり
わたしは今じーが好きなのか? 恋してるのか? いや違うか(´; ∀ ; `)?

理想の男性の必須条件はじーと戦える人です(潰さずに)


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夢の中の殺人

2017.09.19 18:56|夢日記
こんな夢を見た。

何かの支払いが足りなくて、ATMにお金を下ろしにゆく。だけど口座にお金がない。銀行に行けば別の口座からお金を下ろせるけど、それも面倒だ。
どうしよう、と考えていると女性が来て先にお金を下ろし始めた。わたしはちょうどいいとその女性を殺し、お金を奪った。ばれるとまずいな、と思ってATMに火をつけたら、あっという間に燃えてしまった。夢の中のわたしは良心の呵責を全く感じなかった。

ずいぶん物騒な夢だ。でも、イメージの世界で死や殺人は実は肯定的な意味である場合が多い。破壊の後には必ず再創造が来る、という思想は西洋でもタロットなどに見られるものだ。停滞して濁り、くさるよりは、多少辛くても変化がある方が望ましい。診断する相手や他のカードとの関係によっては、最悪のカードである【塔】さえ肯定的な意味に変わる場合がある。

そういえば半年以上前の話になるのだけど、自分が死ぬ夢を見た。
移動中、家族の運転する車が水に落ちた。逃げようとドアを開けるとどうっと薄緑の水が流れ込み、死を覚悟する。あれから確かにわたしの生活は、いい意味で激変したと思う。

今回の夢は、言わば生活に疲れたわたし自身が、もうひとりの豊かな生活をするわたしを殺し、その力を自分のものにする夢だ。(夢の中の同性の人物は多くは自分の分身である)
これからの生活がどう変わるのか、今から楽しみにしている。


おまけ
実際の死を暗示する夢は以下のようなものです。
病人の寝具を替える、病人が元気になる
河を渡る、空を飛ぶ等

身体と向き合う

2017.09.18 11:17|心と身体
(そんなわけで)どん底の精神状態から浮上し、ついでに10年近く続けたどうしようもない人間関係の癖から脱して我に返ると、身体がけっこうとんでもないことになっていた。
筋肉が落ちた。
更に歯磨き中、歯から血が出た。

実は歯のほうは昔、不安障害をやったときに奥歯に大穴を開けている。当時はストレスでほとんどものが食べられず、寝る前に飲むホットミルクと野菜ジュースでどうにか生きている、という状態だった。ベッドに入って飲んでそのまま眠る。文字通りの直前である。
そんな生活を続けて、気がついたら奥歯が酷いことになっていた。なぜか傷みは感じなかった。それで発見が遅れたのだ。不安で神経が高ぶっていたせいなのか、当時処方されていた安定剤のせいなのか、素人だからよくわからない。ただ、安定剤といってもごく軽いもの一錠だけだったのに、そこまでの効果なんてあるだろうか、とも思う。ストレスが感覚を麻痺させたとしたら恐ろしいことだ。

それ以来、歯磨きだけは念入りにやっていたのに、大学に入って事故やら怪我やら病気やら手術やらがあって、ここ数年はかなりいい加減だった。冷静になった今は馬鹿じゃないか、と思うけど、失明や車にはねられる恐怖で悶々としながら勉強に追われていたら、虫歯くらいどうでもいいよ、という気持ちにもなる。

しかし、歯磨を怠るリスクは虫歯だけではない。

歯周病
歯肉炎
歯槽膿漏
一度かかったらもうだめ
放っておくとあごがとけて脳にもどくがまわってしぬ。
歯から血が出るのはその症状のひとつ。 


‥‥ウウ‥‥検索なんてしなければよかった。

ネットの記述は嘘が多いし大袈裟になりがちだから、全部真に受けたらきりがない。でも、虫歯がないから大丈夫、と安心してはいけないのは事実である。わたしは生まれつき歯茎が薄い方だし、上に書いたように一度大きな虫歯をしているし、厄介な親不知もある。ちゃんと歯と向き合わねば。

わたしは小さいころは母にそっくりで、「一緒にお風呂に入ると自分の分身と入ってるみたいで気持ちが悪かった」と言われたことがある。中学の頃からは祖母に似てきたらしく、特に考え事をしたり怒っているときに表情はそっくりだったらしい。そして、今は母よりも祖母よりも父に似ているようだ。わたしと父はちょうど同時期に入院していて、傷みを我慢する樣子がそっくり、と言われた。変な似かただ。
そんなわけで、美人でもなんでもないけど自分の顔や身体にはけっこう愛着がある。
見方を変えれば、不安でいっぱいいっぱいで全くかまっていなかったのに、よく持ちこたえてくれたなあと思う。少なくともまだ医師から歯肉炎を指摘されたことはないし、筋肉が落ちただけでとんでもなく太ってしまったわけではない。自分はぎりぎり間に合ったのだ。そう思わなければやっていけない。これからは身体も大事にしよう。

歯茎からの出血は数回歯間ブラシを使ったら治りました。年に二度歯科検診を受けているので、そのときに相談しようと思います。
鬱など、病気の方はやはり歯の状態も悪くなりがちだそうです。どんなに大変でも、歯磨きはしよう。一日一度、寝る前だけでも。


物語のおまけ

2017.09.17 20:57|読むことと書くこと
幼稚園で読み聞かせをしたことがある。
子供はたべものの絵本が好きだ。絵本の中の、果物もカレーもケーキも、手でつかむ真似をしてパクパクと食べてしまう。
わたしが担当した女の子は夢中になりすぎて、実際に絵本の角にかぶりついていた。

わたし自身はそこまで絵本の中の食べ物に熱中した覚えはないけれど、やっぱりお話の中のお料理やお菓子は特別だ。
例えば、わたしが小学生の頃好きだったサンドイッチがある。パンにはちみつを塗って、薄く切ったいちごを挟んだものだ。誰かに教えられた覚えはないのに、なぜか自分で繰り返し作っていた。
けっこう大きくなって、小さい頃に好きだった【もりのへなそうる】を読みかえしてびっくりした。わたしが作っていた通りのサンドイッチが、その本の中に出てきたからだ。お話の細かい部分は忘れていても、サンドイッチのレシピだけは覚えていて、しかもわたしにとってはお弁当には必須のメニューになっていたのだった。

もうひとつ、わたしにはずっと理想のチョコレートケーキがあった。一度もたべたことがないのに、チョコレートケーキはこうじゃなきゃだめ、という確固としたイメージを持っていたのだ。ザッハトルテが一番近いかもしれない。でも、どこを探してもその通りのものはなくて、結局お菓子作りに凝っていたときに自分で作ってレシピをメモして、それでやっと満足した。
それもやっぱり、子供向けのお話に出てくるチョコレートケーキが元になっていた。ということに気づいたのは、レシピを完成させた何年も後だ。

わたしは小さい頃からずっと海外の童話や文学を読みあさっていて、その中に出てくる食べ物にいつも興味があった。上に書いたように自分のイメージを頼りに作ったこともあるし、現地のレシピを調べたこともある。童話のお料理を再現した本も何冊か持っている。
でも、やっぱりこうしたことはこっそり、副次的にやるものだ、という気がする。物語自体が置き去りになって、キャラクターやファッションやお料理、更にグッズや関連本ばかりがあふれる“ブーム”は、少なくとも自分にとっては、あまり居心地のいいものではない。
ああいうのはおまけだからいいのになあ、といつも思って、離れて本を読んでいる。

二次元の裏側

2017.09.16 20:59|雑記
たしかまだ、小学生の頃のことだ。
親戚の家で、当時わりと流行っていたアニメの特集を見ていた。ただ作品を映すだけではなくてスタッフや声優さんへのインタビューもある。従姉がそのアニメの熱狂的なファンだったのだ。わたし自身はよく分からずに、ぼんやりとテレビを眺めていた。
ぱっと画面が変わって、なんだか薄暗くなった。大きめの青っぽいスクリーンに、従姉の好きなアニメが映っている。その手前に大人が何人か立っている。
なんだろう、と見ていると、とんでもないことが起きた。画面のかわいい(あるいはかっこいい)キャラクターに合わせて、その普通のその辺りにいそうな大人たちが口をパクパクしだしたのだ。わたしは怖くなって、隣の部屋に逃げ出してしまった。
それは、今思えばアニメのアフレコ現場を撮影したものだった。でも、まだアニメの仕組みも知らない子供だったわたしは、なにかとんでもなく恐ろしい、世界の裏側を見てしまった、という気がした。そのショックで暫くアニメ番組が見られなかった。

いつからかははっきり分からないけれど、アニメの声優さんはアイドル化していて、女性は特にきれいな人が多いし、メディアで顔を出すのも普通だ。声優という仕事の幅は広がった反面、あれは誰の声、これは誰の声、という売り方は物語を楽しみたいわたしには違和感があるし、何役の誰、というイメージが強すぎるのは、役者さんとしてはやりにくいのではないか、という気がする。

少なくとも、あのときわたしが味わった世界がひっくり返るような感覚を、今の子供が味わうことはないのかもしれない。
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